2024年12月14日、佐久奈度神社へ写真作品の奉納をする事が出来ました。
今回の奉納においても色々なドラマがありました。
まず始まりは去年の5月3日、翌日に参拝しようと前日の夜に到着して広い駐車場の一角にテントを張らせて貰い朝を待ちました。
翌朝の早朝、テントから出ると空の色がどんどん変わり不思議な光りが向かい側の山の上に現れたのです。
今までに見たことがないような風景に圧倒され夢中で撮影をしたのです。
僕は今までに様々な寺院や神社に作品を奉納させて頂いて来ました。その中でもその神社や寺院で撮影した作品を当地の神社、寺院に方のが出来たという例がいくつかあります。
この日、この風景を撮影出来た瞬間、いつかは奉納させて頂きたいと強く思ったのでした。
昨年、金沢で行っている恒例の6月の作品展で展示をしました。その後作品展の作品を集めた写真集を作りました。来場頂いたIさんはメインの白龍の作品をいたく気に入って購入して頂きました。
11月にも作品展を行ってまたご来場頂き、再度、気に入った作品を購入していただいたのです。
作品を選び終えた後、6月の作品展の作品集を手に取った彼はこの佐久奈度の写真に釘付けになったのです。
この作品も追加して購入したいと言われ戸惑ってしまいました。
まだ奉納をしていない作品を販売することは出来ないと思ったのです。
そして思ったのは奉納を思い立ってからまだ実行せず、そのままでいたことを神様から催促された様な感じがしたのです。
そこで彼には近いうちに奉納をするのでその後にお渡しすると約束したのでした。
こうして一気に奉納の話しが動き始めたのです。
佐久奈度神社の宮司さん宛にお手紙を書いて奉納をしたい旨をお伝えしました。
そして12月14日という日に奉納させて頂くことが決まったのでした。
下の写真はこの作品を撮影した当日の朝の様子です。
ここでひとまず佐久奈度神社に付いて書いて起きたいと思います。
社伝によると、天智天皇八年(669)、朝廷が明日香より大津宮へ移ったのを期に、天皇の勅願によって右大中臣金連を勅使とし八張口(桜谷)で修祓した地に神殿を設け、「祓戸大神三神」を祀ったのが当社の創祀。
現在は、祓戸四神を祀っている。
大祓詞(祝詞)に、「佐久那太理爾落多岐都速川乃瀬爾坐須瀬織津比賣登云布神」とあり、この「佐久那太理が当社社号・佐久奈度であるといい、「中臣大祓詞創社」。
瀬田川が湾曲して激しく流れる「裂けた谷」(佐久那太理=桜谷)の地に祀られた祓いの神。
四神とは瀬織津姫命 速秋津姫命 気吹戸主命 速佐須良姫命 を言います。
大祓詞にも出てくる瀬織津姫を大切に思っている僕にとってこの神社は崇敬する神社であることは勿論、ただならぬ愛着があったのです。
奉納の当日、金沢を早くに出発し約束の10時に神社に到着しました。
宮司の奥様が出てこられました。そして昨日、宮司さんが庭の手入れの最中にけがをされて入院されたということを言われたのです。
思わぬ事態に一瞬戸惑ってしましました。
しかし奥様から今日は兎に角、作品を収めて頂き、後日宮司さんが戻られたら手厚く受け入れて頂くと言われました。
そして〝良かったら自分たちで神前にて神様に報告をしたり祝詞をあげたり思う様にしてください〟と有り難いお言葉を戴いたのです。
宮司さんのいない奉納式というのも今までに無い経験ですが、きっとこの事にも意味があるのだと前向きに考えました。
奥さんに神前に写真作品を掲げて貰い、同行した家内と一緒に準備をしました。
大祓詞を奏上して〝あわの歌〟〝カタカムナ〟を歌わせて戴きました。
社殿に吹き抜けていく風がとても心地良く、瀬織津姫始め祓戸の神々に喜んで貰えたと思い、とても有り難い気持ちになりました。
奉納をさせて戴いた作品です。
作品名は『祓戸大神の光』です。
奉納の様子です
佐久奈度神社の外観や周りの風景です。
駐車場から見える川の風景も社殿のある高台から見るとまた違った風情があります。
瀬田川と信楽川が合流する川の瀬に瀬織津姫を強く感じるの僕だけではないと思います。
今回もまた素晴らしい奉納をする事が出来て良かったと思います。
後日、宮司さんとも電話でお話をする事が出来ました。
作品を気に入って戴き、感謝のお言葉も頂き有り難い限りです。